−いつか−

2020年10月2日(金)−10月25日(日)

今秋のnohakoは、井川淳子展「いつか」を開催いたします。井川さんは、写真を媒体とし、物質の持つ静謐さとそこに含まれる物語性を表現する美術家です。今回の展示では、ボッティチェッリの《神曲》をモチーフとした作品《いつか私は(天国篇)》とともに、《その重荷を背負え》が発表されます。

『神曲』は、14世紀初頭にイタリアの詩人・ダンテによって書かれた叙事詩です。作品は、地獄篇、煉獄篇、天国篇の3部から構成され、各編、34歌、33歌、33歌、計100歌を通じ、人生における道徳や倫理の在りようを神話喜劇として描いています。その内容は、主人公でもあるダンテが、詩人であるウェルギリウスの案内により、地獄界を渡り、煉獄山に辿り着く。そして、山頂で再開する最愛の女性・ベアトリーチェにより天国へと導かれ、神の愛を知るというファンタジー性をもった物語です。
そしてダンテの執筆後、およそ200年の時を経て、ボッティチェッリが『神曲』と出会うことになります。ボッティチェッリは、15世紀末より『神曲』の挿絵を制作し始めますが、この制作を機に、作品は、神秘主義的傾向と精神的な美しさへの追求を強めていきます。ボッティチェッリの私淑とも呼べるダンテへの共鳴は、『神曲』によって描かれた世界観を介して、自らが捉えていた人の本質的な姿や未来への願いといったもの全てを、俯瞰してしまったのではないかと想像します。
今回の井川さんの作品《いつか私は(天国篇)》は、ボッティチェッリの《神曲》の図録を、自然光がまわる室内の中で撮影したシリーズ作品です。作品は、眼前に開かれたボッティチェッリの素描に対して、静かに敬意をはらう時間が記録されています。図像が浮かび上がるかすかな印刷の反射に触れつつ、ダンテの世界観にもイメージの触手を伸ばすことになると思われます。観者の方々のそれぞれの経験が、今という瞬間を切り取った井川さんの写真を通じ、過去と未来を行き来する「いつか」を感じる時間となれば嬉しいかぎりです。
ぜひご高覧下さいますよう、お待ちしております。

「いつか」にむけて

nohakoの展示「いつか」は、2018年以降の仕事《いつか私は(天国篇)》と《その重荷を背負え》で構成しています。
白黒フィルム自体が反転する媒体だからでしょうか、しばしば写真のなかでは見慣れていたはずの事物が別の位相をもって現れることがあります。この位相の転換は大抵ささやかなこととして現れますが、事物の本来のありさまが示されているように思えてなりません。本展を通して、灰色の壁と吹き抜けを持つnohakoの空間になにものかが立ち上がり、未知に触れることができればと思っています。

井川淳子

井川淳子 Junko IKAWA

東京都に生れる
1990
東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業
1992
東京藝術大学大学院美術研究科壁画専攻修了
1991年より作品を発表。石によるモザイク、紙の立体作品を経て、2000年より写真を発表。

主な個展

1991
ギャラリーQ/東京
1993
ギャラリィK/東京
1996
淡路町画廊/東京
1998
藍画廊/東京
2000
「The Point of No Return(帰還不能点)」藍画廊/東京
「The Point of No Return(帰還不能点)」西瓜糖/東京
2001
ギャラリー覚/東京
2004
「ここよ、今、いつでも」 藍画廊/東京
2005
「暗い部屋」 ギャラリー覚/東京
2008
「アトラス」 ノラや/東京
「アトラス」TIME&STYLE EXISTENCE/東京
2010
「バベル」 藍画廊/東京
2012
「バベル—すべての昼は夜」HIGURE17-15cas/東京
「夜—ここよ、今、いつでも」 ギャルリーワッツ/東京
2015
「まだその場所にいる黒」 ギャルリーワッツ/東京
2016
「ありとしあるものはみな白い」i Gallery DC/山梨

主なグループ展

1997
『「美」と「術」1997』藍画廊/東京
2009
「キャラバン隊-陣をたため! 出発だ! 愛と希望とカオスのもとへ!」なびす画廊/東京
2012
「黒ノ美學-前衛ト冩実-」雅景錐/京都
2013
「窓の表面 スロー・アンド・テンスアトモスフィア2013/顕在と境界」
フランダースセンター/大阪、雅景錐/京都
2014
「ある板前さんの眼」かんらん舎/東京
2017
「白」 かんらん舎/東京
「カオスモス5 一粒の砂に世界を見るように」佐倉市立美術館/千葉
「海のプロセス-言葉をめぐる地図(アトラス)」第6回都美セレクショングループ展
東京都美術館/東京
2020
Hikarie Contemporary Art Eye vol.13「9人の眼-9人のアーティスト-」
渋谷ヒカリエ8/02/CUBE/東京